研究内容

保全生態学研究室では生態系の保全に関する研究をしています.

人間活動は生態系に様々な影響を与えていますが,その影響を評価し,生態系の回復や保護に関する研究を行うことで,地球に優しい人間活動を行う事を目的としています.

現在,扱っている主な研究テーマは以下の項目です.

1)絶滅危惧生物の保全に関する研究
2)外来生物の侵入経路や生態系に及ぼす影響に関する研究
3)生態系の環境評価
4)生態系回復の基礎技術の開発
5)里山保全の基礎研究
6)貴重種保全のためのガイドライン

 

1)絶滅危惧生物の保全に関する研究では,ビロードテンツキ,シラタマホシクサ,カンアオイ属植物,ギフチョウ,モウセンゴケ,マメナシ,ヤマトシジミなど様々な生物を取り扱っています.

2)外来種に関する研究では企業や,地方公共団体とも協力関係を結び,外来種の駆除に関する研究を行っています.近年,豊橋に侵入したスパルティナ・アルテニフロラの侵入シミュレーションを行う事で効率的な駆除方法を提案したりしています.また,メリケントキンソウの分布域の拡大についても調査を開始しました.

3)生態系の環境評価では,地表性昆虫を使った評価をしたり,線形モデルと用いた魚類や底生生物の環境評価を行っています.

4)生態系回復の基礎技術の開発においては遷移によって絶滅が危惧されたりする生物種を回復させるためのデータを取り,解析を行っています.

5)里山保全のために何をするべきなのか,伐採による生態系回復の状況など土壌水分や明るさの変化などから生物多様性に与える影響を評価しています.

現在,研究室のメンバーは以下のようなテーマに取り組んでいます.

1.絶滅危惧植物ケブカツルカコソウの生育環境解析

ケブカツルカコソウは里山のやや湿った草原に生育するジュウニヒトエや,キランソウに似た植物です.もともと絶滅するような弱い植物ではなかったのですが,現在,里山の管理が行われなくなり,エネルギー革命も相まって,里地里山の草原環境の減少により,現在では全国でも愛知県でも絶滅危惧IB種となっています.
しかし,愛知県はなかなかすごいところで,様々な里地里山に生育する植物が残っています.なので,色々な方々が保全に取り組んでいるのですが....この度,新しい道路の延長でこの生育地が全くなくなってしまうことが判明しています.

愛知県の元建設系の職員の方が心配しておられたのを良い機会と捉え,うちの研究室で保全のための取り組みをすることになりました.しかし,ケブカツルカコソウの生育データがほとんどありません.生理生態特性が分からないので,なぜ,この開発されてしまうところに生育しているのかわかりません.また移植をしても大丈夫かどうかもわかりません.

そこで,生育環境と繁殖特性を調査することにより,これまでの生育環境を維持するためにはどうしたら良いのか解析をしていきます.まずは物理環境特性を調査し,生育ちの解析を行います.同時に,種子生産能力や花粉媒介昆虫の調査,栄養繁殖などについても調査を行っています.

2.絶滅危惧植物ビロードテンツキの繁殖システムの解析

ビロードテンツキは海辺や河川の砂丘に生育する植物です.乾燥に強いのですが,近年,外来種の侵入などによって生育域を脅かされたり,ダム建設によって土砂の供給が少なくなり,生育地に様々な植物が侵入するようになり,生育地の縮小で個体数が激減しています.しかし,木曽川には一部比較的多くの個体が維持されている地域があります.何故木曽川のある場所には生育できるのかについて解析し,絶滅に瀕している他の場所の管理に役立てる事を目的としています.

ビロードテンツキの生育地においては,撹乱が重要な役割を果たしていることがわかって来ました.大事に保全された立ち入り禁止区域では,あっという間に外来種に侵食され,ビロードテンツキは息も絶え絶えです.保全を考える上で,人による利用が在来植物の生育に重要であることがわかって来ました.保全イコール触らないではなく,積極的な利用が保全につながることが示唆されています.

3.湿地再生の取り組み

愛知県,岐阜県,三重県,静岡県などには東海丘陵要素と呼ばれる植物群が有ります.この植物群は湿地などに生育しており,現在絶滅の危機に瀕しています.元々,湿地帯は遷移がすすめば樹林化し乾燥します.しかし東海地方では古い粘土層が幾重にも重なっており,これらが時々滑っては新たな湿地が形成されてきました.もともと,江戸時代には徳川家の御鷹狩場として鷹が狩りをしやすいように林を疎林にするなどのメンテナンスが行われてきた事も,この湿地を維持する要因になっていました.しかし,近年では宅地造成などの開発で地表が滑らないよう工夫がされ,新たな湿地が創出されなくなってしまいました.残った湿地も遷移がすすみ,乾燥化しています.このため,東海丘陵要素と呼ばれる植物群の生育地が急激に減少しています.
そこで,保全生態学研究室では金城学院大学と研究協力をし,湿地を再生する取り組みを行っています.現在,湿地を作成してから1年半となっていますが,地下水が染み出るだけでは東海丘陵要素を復元する事ができる湿地は生み出されず,有機物の除去が課題となっています.しかし,粘土層の上には東海丘陵要素の植物の種子が有る事がわかっており,それらをどのように利用するかについて取り組んでいます.

現在ではさらに様々な地域で湿地再生に取り組んでいます.現在,最も力を入れているのは長久手市の湿地再生です.長久手市は湧水が豊富な地域ですが,現在ではほとんどの湧水に森林が侵入して来たため,水がなくなって来てしまいました.本当に森林を伐採したら,湿地が再生するのか,湿地の植物は生えて来るのかなどの調査を行なっています.

さらに,海上の森でも湿地再生に取り組み始めました.貴重な希少種であるミズゴケの保全のため,触らずにいた湿地があっという間に陸地となってしまいました.ある研究者はミズゴケが水を浄化しているのだからとってはダメだと言っていたのですが,湿地が減少してしまったため,協議会で再生の取り組みをすることになりました.実際にミズゴケの深さを測ってみると,1m以上にも及び,下の層は腐って硫化水素の匂いが蔓延していました.やはり,栄養塩を除去することが重要で,ミズゴケの除去は栄養塩の除去につながることが示唆されました.さらに,ミズゴケを除去し,樹木を伐採したところ,乾燥していた地区から水が湧き出て流れを形成するほどになりました.
湿地再生には栄養塩の除去,つまり,有機物の除去が重要であることがわかって来ました.あとは湿地になった地域に固有の植物が再生するかどうかを確かめる予定です.

4.ブラザー工業との共同研究

ブラザー工業では環境活動として,郡上市においてスキー場跡地に植林をし,森を再生する取り組みを行っています.現在9年目が終わり,非常に多くの植樹をしてきました.しかし活着率が悪く森林再生計画がなかなかうまくいっていません.そこで,名古屋大学に調査を依頼したようです.しかし,植生調査など植物分布や調査に取り組んでもらえる研究室が無く,名古屋大学の先生から打診が有りました.そこで,スキー場跡地の植物相の調査をすることによって,森林再生の取り組みに貢献する事を目的としています.現在2年目の活動です.一年目には湿地が形成されており,植林がうまくいっていないのでは?という仮説のもと調査を行いました.しかし,実際湿地が形成されているわけではない事が示されました.ごく一部,春期には雪解け水が豊富に供給され,湿地のようになっている部分がみうけられました.さらにその春に形成される湿地によって,樹木が育ちにくいため,日本ではあまり見られない草原植物相が見られる事もわかってきました.また樹林地に多く見られるようなヒメカンアオイも非常におおくみられました.
実際に調査を行ってみると,非常に貴重な植物が多々見られました.そこで,現在,草原生貴重種,絶滅危惧種のマッピングを行い,どの場所を草原として残し,どの場所を樹林化するべきかのゾーニングを提案するべく,研究に取り組んでいます.

現在,ゾーニングは終了し,ブラザーの植林活動の方針が決定されました.

5.マメナシ保全のための繁殖生態の研究

東海丘陵要素の一つにマメナシという植物があります.現在日本では300個体とも500個体ともいわれ,実際の数はわかっていません.しかし,小牧に大規模な自生地があり,また名古屋市守山区にも大きな自生地があります.
現在,マメナシは残された個体が老朽化し,枯死するものも見られました.しかし,実生や若い個体の供給があまり認められないため,いったい何故,マメナシが絶滅の危機に瀕してしまったのかについて調査,研究を行っています.
小牧の自生地の調査は7年目を迎えました.現時点でわかっている事は,小牧のマメナシ自生地では健全な種子ができにくいという事です.マメナシは自家受粉すると果実はできますが生存している種子が生産されません.また,開花時期にはほとんどポリネーターが見られず,花粉の運び手の不足が考えられます.さらに,果実を食べる鳥類がほとんど居らず,果実から種子が取り出される事が有りません.これは自生地の環境の問題が大きいのかもしれません.また,マメナシは湿地を好むとされてきましたが,実際種子発芽特性をみてみると変温を好みます.つまり,水面下にあるときには発芽しない特性がある事がわかってきました.
H29からは尾張旭市と協力関係を結び,調査を始めました.また,守山区の調査も継続しています.さらに犬山市で新たな個体群が見つかり,実生なども発見しました.様々な分布域のマメナシ個体群についての調査を継続していきます.いくつかの調査地を見てみるとマメナシ個体の特性も違っている事が見えてきました.今後は種子の生産にさらに着目して,開花パターンなどの解析を行う予定です.
H30からは桑名市とも協力関係を結び,これで,主な自生地全てを比較調査することができるようになって来ました.マメナシサミットを行ったり,マメナシイヌナシネットワークで,生物多様性条約せいかリレーでも成果報告を行うことができました.

6.海上の森保全計画

海上の森は愛地球博の際,象徴的な森として残される事になりました.地球博から10年.海上の森は遷移がすすみ,里山ではなくなってしまいました.そこで,再度ギフチョウなどが飛ぶ里山への復元をめざし,伐採などの効果を検証するべく,調査研究を行う事になりました.海上の森は入らずの森のようになかなか訪れる事ができませんでしたが,名古屋に来て14年目で初めてお声がかかり,調査できるようになりました.当初,100匹以上毎年観察されていたギフチョウは今年は1匹.この個体数を回復するような取り組みをするべく,定量的な植物の生長データをとり,森林管理の提案ができればいいなと思っております.H29年には,ギフチョウの吸蜜植物の調査解析を行いました.その結果,ギフチョウが生育するのに十分な吸蜜植物がある場所が本当に一部しかないことも示されました.
さらに,伐採によって,スズカカンアオイの生育も促進されることがわかって来ました.これまで,カンアオイ植物は林床の暗いところを好むとされて来ましたが,林床の暗い場所では徐々に個体サイズが減少することも示され,間伐の重要性がわかりました.特に間伐によって開空度が50%程度の場合非常にサイズが大きくなることも示されました.
H30年には夏季の雨が少なく,乾燥してしまって,森が枯れてしまったという方々もおられましたが,H31年の春には十分回復しました.これはカンアオイが常緑だと思われていましたが,実際には夏季から冬季にかけて,落葉し,春に展葉することから夏季の乾燥がそれほど深刻ではないこともわかって来ました.

7.猪高緑地,鑫の里保全計画

猪高緑地は名古屋市の東に位置する緑地です.戦後は田畑として利用されていましたが,エネルギーの利用の変化に伴い,徐々に森林かがすすみ,現在名古屋市の緑地として利用されるようになりました.
元々農業用地であったため,多くのため池がありました.そのため,非常に貴重なカスミサンショウウオの繁殖地として近年まで残されてきました.名古屋市内という非常に都会に有りながら貴重な生物がいる非常に珍しい場所です.
しかし,森林化がすすむにつれ,ため池にしみ出してくる水が少なくなり,また,ため池の整備も行われなくなってしまったため,カスミサンショウウオが激減しています.昨年はもう最盛期の1/100まで減少したという報告もあります.
そこで,どうしたらカスミサンショウウオを再度復活する事ができるのかについて研究をしています.
一部を伐採して,蒸散を下げることができないか取り組んでいます.
しかし,伐採地に貴重な植物種が多く見られるという報告があがってきたため,整備をする前にゾーニングにより整備計画を立てる事も重要である事がわかってきました.今後,猪高緑地の生物多様性を維持するために力になれるような研究を進めて行く予定です.

伐採による土壌水分の潤沢化がわかって来たため,長久手市に伐採を提案しました.長久手市側では,胸高直径50センチメートル以上のコナラを4本伐採したところ,乾燥化していた湿地が復元して来ました.春の産卵の時期に湿地回復が間に合ったため,今後の産卵が期待されます.

8.一般化線形モデルを用いた生物の生息域の解析

現在,河川には様々な土木構造物が建設され,生態系に影響を及ぼしています.このため,どのような土木構造物にすれば生物の個体群に影響を及ぼさず,さらに人間の生活を快適にできるかという取り組みをする必要が有ります.そこで一般化線形モデルを用いて生物種の生育環境を解析し,どのような環境を創出するべきなのかについて解析を行っています.
現在は宍道湖におけるヤマトシジミについて解析を終えたところです.強熱減量や塩分濃度などの寄与の分析が終わり,上流域の堰堤の整備がどのようにヤマトシジミの成育域に影響を及ぼしたのかについて解析をすすめています.
同様の手法を使って,今年度は山崎川の魚類の分析を行います.山崎川では,堰をつくったため,現在魚類の種数が減少したという報告が有ります.実際にモデルをつくり,野外で調査を行い,解析をすすめていきます.

また山崎川の魚類にも一般化線形モデルを当てはめた解析を行っています.一般化線形モデルが河川の魚類にも適用できそうなことがわかって来ました.

9.外来種の拡大予測モデル

様々な外来種の拡大予測モデルも作成しています.H30からメリケントキンソウの分布拡大モデルに取り組み予定です.メリケントキンソウは浜松市で急激な分布拡大をしてしまっています.現在,愛知県では春日井市に侵入してきましたが,どうやら,自動車のタイヤについて移動していることがわかってきました.メリケントキンソウの分布拡大はどのように進むのかについて,モデル作成をし,駆除に役立てる予定です.

10.東海丘陵要素の取り扱いガイドライン

様々な保全団体との協力関係の結果,絶滅危惧生物の保全にはちょっとした問題があることがわかってきました.まず,絶滅危惧生物を増やすという取り組みです.多くの方が絶滅しかかっているのなら....種まきをして大きくして移植するということに取り組んでおられます.
しかし,遺伝的撹乱の観点から考えると,これらの取り組みは絶滅危惧生物の遺伝的多様性を減少させることになってしまいます.これまでの研究成果やポリネータ,種子散布の状況を踏まえて,どのような取り組みをするべきなのかについてガイドラインを作成することにしました.
江戸時代から移植が盛んに行われているヒトツバタゴについてはもともとどこがオリジナルかわからなくなっている状況で自生地もすでに自生地ではなくなってしまっています.そのような場合を除き,やはり,自生地で保全するためには生育地の整備が必要です.保全活動に役立つガイドライン作成に取り組みます.

マメナシのネットワークではガイドラインを作成した結果,各保全団体で了解を得ることができました.以下がマメナシの保全ガイドラインです.

マメナシイヌナシの保全ガイドライン
1.保護活動 環境を整えよう
 マメナシの保護に最も必要なのは生育地の環境を整えることである.マメナシの生育地に最も必要なのは,水分条件(湧水),日射条件(周りに樹木があると生育ができない),花粉媒介者の存在(自家不和合性のため昆虫がいなければ種子が生産できない)である.
2.自生地の保護 他の生物にも配慮しよう
 自生地の環境を整える際,マメナシの自生地には他にも多くの絶滅危惧生物が生育している.このため,マメナシだけを保護するのではなく,ほかの生物種の確認を行なった後でどのように保護活動を進めるのか検討する必要がある.
3.古木の保護 無理に保護するのはやめよう
 ナシ属に特有の菌類が存在し,枯死することがある.しかし,老齢木が枯死するのは自然の成り行きであり,古木を殺菌などで維持することはほかの生物にも影響を与えるので,無理に古木の保護は行わない.
4.実生の保護 全てが大きくなることはない
 草刈りによって実生が刈られてしまい生育できないことが多い.また,シカなどの食害にあうことも多い.自生地を守るためには実生がある程度供給されていることが重要である.しかし,全ての実生を保護する必要はなく,現在ある個体に対して,将来的に1個体が供給されれば十分と考えた方が良い.
5.移植の是非 特別な場合を除いて移植はやめよう
 移植によって保全を行う場合,遺伝的撹乱が問題となる.遺伝子レベルでの検出がなくとも,生態的に分化がわかっている個体群もあるので,移植は行ってはならない.ただし,開発によって生育地がなくなってしまう場合,保全のためには上記の遺伝的クラスターの中の生育地に移植を行うことが検討される必要がある.
6.種子播種の是非 種まきで増やすのはやめよう
 現在,播種によって多く個体が維持されている区域が見られるが,特定の遺伝子を選択してしまう可能性があるため,播種による個体群の維持を行なってはならない.
7.現在ある移植個体をどのようにするべきか?
 現在存在する移植個体の元々の生育地の記録があり,なおかつ上記の範囲内であれば,そのまま残しても構わない.しかし,移植個体の元々の生育地がわからない場合,及び,苗を生産して植えた場合には,伐採も検討した方が良い.他県のものを移入した場合には,遺伝子が損なわれる可能性がある.

投稿日:2016年6月29日 更新日:

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